春一番、いや、春三番の吹いた日 2020-02-23

ブログ

裏山には今年も赤い椿が鈴なりに 冬の青空に映えています
また、ご無沙汰いたしております
年が明けても なかなかブログをupできず
ちょっと書いては間が空き 書こうと思っていたことが消えて
また書き直し、の繰り返しでした
本当に情けないこの2ヶ月、、、

年明け一番目であります
今年もぼちぼちにも程があることですが どうぞお付き合いくださいませ

今年も
元旦にはご家族で たくさんのお参りをいただきました
年の初めから 揃ってご法話を聴かせていただいて
今年もいいスタート
ほんとうに ようこそ ようこそ
終わってお雑煮と食事をご一緒くださったみなさんも ありがとうございました
育ち盛り伸び盛りのK家の息子達のために 
来年はタライいっぱいミカンは準備しようと思います
また来てね!

住職には いいご法話いただきましたが
時間が経ちすぎて どんなだったか
私忘れてしまいましたから
またのご縁をたのしみに

最近、
北九州の義母から一週間に数回電話がかかるようになっています

母  「 ななみさぁ~ん!?  んまぁ~! ひさしぶりやねぇ~ 元気しとった?  会いたいねぇ~ 」
私  「 ああ! お義母さん?!  久しぶりですねぇ~ 元気そうな声! 私たちはみんな元気!元気! ほんと会いたいですねぇ~ 」

毎回 同じ言葉で始まります

いろんな記憶が 少しまだらになってきた義母
新しい今日を順々に重ねて 頭から取り出す作業が難しくなってきています

私   「 お義母さんね、 園長先生しながらやんちゃ坊主を育てていた頃 更年期ってどんな風にしてました? 大変だった? 」
義母  「  コウネンキ・・・ ん~ コウネンキ っちゃ・・・ なんやったかね? 」
私   「 !? お義母さんそこ?  私は最近辛いですけど、これも30年したら忘れる程度のことと思っていいとですかねぇ 」
義母  「 んああ~  そう言えば むかし 『 入院でもしたいねぇ~ 』 と思った事もあったごたぁねぇ 」
私   「 そう? お義母さんも入院したいような時があったですか?   そうか  それでも30年経ったら そんなものですか   なるかね~私も  」
義母  「 これを食べたいねぇ~ と思う物を おいしい~ って食べなさい。   そしたら治るよ 」
私   「 そうか!   それじゃあ 今日は 私だけヒレ肉でもいただくかなぁ? 信也さんに内緒で(^^) 」
義母  「 そ~そ!  そうしなさ~い!  それがいい!  ワハハハ  」

義母は今 一期一会の にち日です
「 ああだろうか こうだろうか 」 と
前のことや 後のことに 心を煩わせることのない時を生きています
一昨日に共に話したのに 今日もまた 
「 んまぁ~! ひさしぶりやねぇ~ 会いたいねぇ~元気しとった? 」と10年ぶりに会ったかのように嬉しそうです

おかげで 私は
過去のことや まだ来ない先のことに
心を引っ張られている自分に気がついて
そんなことが とてもちっぽけなことに感じられていきます
『 年をとるちゃぁ こげなことよ ななみさん  ぜ~んぶお任せでお浄土たい  だいじょうぶよ~ 』
そう身をもって教えてもらっています

忘れるようになるんですね
でも あんなに気丈で躰も強かった義母でも
途中で『 入院でもしたいなぁ~ 』という時期はあったのだなぁ
忘れていたけれど 私の母にも そういえば そんな時期があっていたような気がします
二人とも 今はそんな苦しい時期があったことなど忘れて 
今は 私より元気だけど

「 もうな~んも覚えんねぇ 何でも忘れるようになってしまって
  でも  朝は5時に ぴしゃーっと目が覚めるよ
  お朝事(おあさじ)は必ず お参りのご門徒のみなさんと一緒にすると  それだけは忘れん 」

そんな義母の言葉にうなづきながら
それを支えている家族の姿を思いつつ

「 んまぁ~! ひさしぶりやねぇ~ 会いたいねぇ~ 」
の声を また聞けますようにと  
ゆっくり受話器を置くのです

なもあみだぶつ